先日のうどの話題で思い出しました。
国分寺に生まれ育った私は、はるか昔、実家にいるころ農家だったので、うどの箱詰めを手伝った記憶があります。たった1回だけの記憶ですが、今でもうどの香りを嗅ぐとその経験が思い起こされます。うどを生育させるための竪穴式に深く掘った穴があったことや父が作業していたのを上から覗いていたことも幼い日の記憶にあります。
しばらくして、実家ではうどは作らなくなったのですが、近所の農家のお宅からこの時期たくさんうどをいただきました。母はうどのきんぴらとか煮物風にしてふんだんに使う調理法にしていました。初めてうどのきんぴらを食べた山梨県民の姑は高価なうどをそんな贅沢な料理にしたと、驚いて食べていました。
葉物と違って、畑での生育期間が長くかかるうどは、ある期間根っこを国分寺から遠く離れた土地に持っていき、育て、収穫してからまた、国分寺に戻し白くするためにハウスの中でむしろで覆ったりして、店頭に並ぶまで、生産者の方たちのたくさんの手間暇がかかっていることを知ると、高価な食べ物になることは納得できます。
今は大切にてんぷらか酢味噌和え、あるいは、サラダにして香りをたっぷり楽しむ料理にしています。(K)