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〒185−0003
国分寺市戸倉1-6-1
第3庁舎1階
TEL:042-208-3636
E-mail:
info@collabo-kokubunji.com

開館時間:
9:00am-5:00pm
 年末年始休館

   
       

歌舞伎座

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先日久しぶりに銀ブラしました。4丁目から築地魚市場、歌舞伎座、築地本願寺聖路加国際病院、がんセンター、勝鬨橋など全く思いつくままに歩きました。
でも何か物足りないと思ったのは、歌舞伎座で例えば“仮名手本忠臣蔵”等の幟が見られなかったことです。

歌舞伎と言えば、皆さんご存じの通り江戸時代出雲の阿国に始まりましたが、
風紀上の問題から歌舞伎そのものを演じることが出来なくなりました。しかしその間に女形即ち女役を工夫したり、近松門左衛門の人形浄瑠璃を取り入れたりして歌舞伎独特の技芸、世界を築いてきました。このように町人文化として芽生えたものを、日本を代表する文化にまで発展してきました。
直ぐに浮かんでくるままに挙げてみましても
脚本家は、狂言作家河竹黙阿弥、並木五瓶、鶴屋南北等々。
役者は、 市川団十郎、坂田藤十郎、歌右衛門、菊五郎等々。
演目は、 勧進帳、義経千本桜、仮名手本忠臣蔵、四谷怪談、等。

劇場は、江戸時代から明治時代にかけては、関西では大阪、京都。現在もそのまま続いています。江戸歌舞伎は新富町、浅草猿若町などで演じられていました。明治22年には新冨町(現銀座4丁目)に歌舞伎座の基を作りました。
大正時代には、関西から白井松次郎、大谷竹次郎兄弟が松竹合名会社として進出し次々と関東の劇場を買収し、大正2年には歌舞伎座が設立されました。

その後関東大震災、昭和20年大空襲により焼失しました。昭和26年には再建されましたが、今回改修されることになりました。
このように歌舞伎は幾度の試練を乗り越え、新しい要素を取り入れながら今日まで伝承されてきました。

興味をお持ちでしたら,皆様も一度歌舞伎をご覧になるのもいかがでしょうか。
(ty)